INTERVIEW
特別企画 前社長インタビュー
ーこれからの100年を、人とともに


これからの百年を、人とともに ―― 枩山社長に聞く
聞き手:枝廣淳子
枩山 聡一郎
1955年大阪生まれ。祖父・枩山賢太郎(4代目社長)の薫陶を受ける
1979年3月慶應義塾大学経済学部卒
1979年4月日本電気株式会社(NEC)財務部入社
1990年ロンドン駐在(5年間)
2005年NEC米国子会社CFO就任(4年間)
2012年NECキャピタルソリューション代表取締役CFO就任
2016年リサ・パートナーズ代表取締役就任
2023年株式会N社大阪送風機製作所 代表取締役就任


大阪送風機製作所との出会い
枝廣 まず、枩山社長と大阪送風機とのつながりについて教えていただけますか。
枩山 昭和29年に祖父が四代目の社長になりました。祖父はもともと滋賀の長浜で銀行に勤めていたのですが、40歳で大阪送風機にご縁があって入ったようです。そして、祖父が昭和50年に75歳で社長を退任した際に、父が長浜の会社に勤め実家を守りながら修行をしつつ、社外役員として大阪送風機のご縁を継ぎました。父もその会社の3代目を拝命し89歳で退任するまで約70年間その会社で修業をし続けました。そして私が祖父・父と続き、三代にわたって異業種からこの会社に関わってきたことになります。
枝廣 そうすると、いずれご自身も大阪送風機に関わるのだろうという感覚は、早くからあったのですか。
枩山 高校生の頃には、何となくそうなるんだろうなと思っていました。ただ、志望校の関西の大学に行くつもりが、祖父から「人生勉強するなら東京だ」と言われて、心に激震が走り、そのまま東京の大学に行くことになり、大学卒業後にNECにご縁を頂き、約40年間、祖父の所謂、「人生勉強」の修行を務めました。
枝廣 実際に経営に関わり始めたのは、いつ頃からだったのでしょう。
枩山 2018年6月からです。ちょうどその年の3月に、40年間勤めたNECを卒業したタイミングで、当時の社長から経営を手伝って欲しいと声をかけられ、社外取締役としてご縁を頂き、次の社長には、更に常勤(但し、リモート)の専務取締役として一緒に経営を担って欲しいと言われました。
枝廣 そこから3年半前に、社長に就任されましたね。
枩山 2023年1月からです。実は、急な話でした。前の社長が体調を崩されて、「もう復帰できないと思うから、あとは頼む」というメッセージを入院先からいただいたんです。
〜2018年 社長へ就任〜
枝廣 社長に就任された時、どんな会社だと思われましたか。
枩山 2018年にご縁を頂いてからは、すごいポテンシャルがあると思うようになりました。ただし、持続性を確保できるような経営の体制が十分に整っていないと思ったので、 「会社のポテンシャルを実現するために何が必要か」ということをずっと考えてきました。次の百年の礎をつくるには十年はかかるだろうと思い、社員一人ひとりの自律化を意識しながら、彼ら自身が「自分ゴト化」としてチームで経営までやっていける会社にすることの方が、持続性があると考えました。
枝廣 この3年半で、気づいたことはありますか。
枩山 一番の発見は、社員がとても素直だということです。これは本当に大きな財産だと思いました。きちんとした方向づけをして進めていけば、まだまだ伸びシロがある。そう感じたことが、自分にとっても大きな動機づけになりました。そして、他にはない技術力があることです。そして、「環境価値」を創り出せる会社だと思いました。
次の100年に向けて 〜技術・環境・ひとづくり〜

枝廣: 大阪送風機ならではの技術力について、教えていただけますか。
枩山:2022年のサッカーワールドカップでボール1ミリの差でゴールが決まったという「三苫の1ミリ」と言う有名な話がありますよね。私たちの会社は、その「1ミリ」ではなく「0.01ミリ」を、品質のよりどころにしています。しかも、すべてを機械やロボットで自動化しているわけではなく、かなりの部分を人の手と技で成り立たせています。ここには職人的な巧みさが積み重なっていて、先輩から後輩へと「失敗が最大の学びとの哲学」による技術が伝承されてきました。これをどうAIやロボットの力も借りながら、人にしかできない部分をつないでいくか。それが、これからの大きな課題だと思っています。
枝廣 もう一つのキーワードとして「環境価値」という言葉がありました。
枩山 個人的な話になりますが、当時祖父が取引銀行に勤めていた母を見初め、長男の嫁にと滋賀県長浜に嫁いで、私が小学生の頃、琵琶湖が合成洗剤(リン)で汚染されることに危機感を持ち、婦人会の先頭に立って「粉石けん運動」をしていました。琵琶湖の上流に住む者として、下流の京都・大阪に迷惑をかけてはいけないと、環境にとても熱心な家庭でした。その原体験があり、大学時代にMITのデニス・メドウズ教授らの関わった民間シンクタンクのローマクラブが、1972年に『成長の限界』と言う地球環境破壊に警鐘を鳴らした書籍に出会ったことも重なって、環境問題への思いはずっと自分の中にありました。ですから、この会社の本業そのものが環境問題のど真ん中で貢献できるということには、大きな意味を感じています。そこに、枝廣さんからご紹介いただいたLCA(ライフサイクルアセスメント)という武器が加わり、さらに磨きがかかったという感覚です。自分たちは単なる「部品メーカー」ではなく、LCAでサプライチェーンを見える化し、新たな環境価値連鎖を創出できる「バリューチェーンを担う会社」なのだと思っています。
枝廣 EGRや第二事業部の取り組みも、まさにその「環境のど真ん中」ですよね。
枩山 そうですね。EGRは排ガス対応の技術ですが、IMO(国際海事機関)は海運が世界の物流の9割を占めていることを踏まえ、CO2だけでなくNOxの規制も強化しています。2028年にはさらに規制の強い「Tier III」の新NOxが導入される予定で、排ガス対応そのものが世界的に求められている状況です。また第二事業部が扱う燃料電池も、トラックやバス、コンビニ向けの定置型に加え、最近はヨーロッパの豪華客船や、中国の大規模プロジェクトでも利活用の可能性が広がっています。
脱炭素、そして「脱炭素のその先へ」を見据えた当社の次の100年へのビジョンにつながる領域だと感じています。
枝廣 「部品メーカー」から「バリューチェーンを担う会社」へ、という言葉も印象的です。
枩山 私たちの思いは、「サプライチェーン全体」で価値を見ていきたいということです。ABBさんとタッグを組んでLCAを実践できたことは、大きな成功事例になりました。中小企業が新しいビジネスモデルをつくれる可能性を感じています。サプライチェーンにおけるLCAを見える化し、それを「環境価値」という新しい価値に置き換えていく。そのためには、私たちの主要顧客先でもあるエンジンメーカーさんとタッグを組み、環境に貢献できるエンジンであることをLCAで見える化をして訴えていくことが大切だと思っています。私たちがハブとして主導的に見える化を担うことで、設計のどこを直せば環境負荷を下げられるかが見えてきます。送風機というのは、吸ったり吐いたり循環させたりと、小さいけれど大きな力を持つ存在です。船も補助ブロアが動かなければ沈んでしまいます。こうした技術改善を通じての「環境価値への改善設計」と「サプライチェーンの見える化を通じた、環境バリューチェーンの創出」こそ、この会社の本当の魅力を表す言葉になっていくと思っています。

ものづくりの前にひとづくり
枝廣 最後に、人の側面についてお聞きしたいと思います。素直さや職人技を持つ社員の力を、どう伸ばし、大切にしていこうと考えていらっしゃいますか。
枩山 工場長経験者で現場の叩き上げの前社長と私の共通のキーワードは、「ものづくりの前にひとづくり」でした。まずは人をつくろう、という思いを二人で共有していたのです。これからの企業の持続性には、自律的に仕事・行動をしていける人材が必要だと考えていて、組織図も逆三角形にひっくり返して、一番上に従業員たち、経営者は一番下でそれを応援する立場、という形にしています。評価制度も見直し、2026年度より「成長チャレンジ制度」に名称を換え、「ひとづくり」の後押しをする仕組みをつくりました。これからの中小企業は、カリスマ的な社長が引っ張っていく時代ではなく、チームで、そして一人ひとりの「個の力」が、それぞれが好きなことや得意なことで貢献し合う、所謂「自律したプロ集団」であることが、特にこれからの中小企業として大事だと思っています。
枝廣 「会社は誰のものか」というところまで踏み込んで考えていらっしゃいますよね。
枩山 そうですね。会社は社会の公器だと思っています。特にこれからは、環境課題に貢献できる企業を、周りが応援し、共感してくれる。そういう会社にこそ持続性があると思います。そのためにも、従業員たちが「自分ごと」としてこの会社を経営していけるように、現在およそ40%の株式を従業員たちに持ってもらっています。ゆくゆくは従業員が「自分たちの会社」として、持続的に「株券の裏書」と言うバトンをつないでいってくれる。それが、次の百年への「大きな想いのバトンの仕組み」だと思っています。
枝廣 社長として、どんな時に一番「やっていてよかった」と感じますか。
枩山 やはり、従業員たちの成長の変化ですね。行動や発言が、少しずつ、時には想定以上の速さで変わっていく。これまではほとんど動かなかった人が動き始める瞬間を見た時、本当にやっていてよかったと思います。自らリーダーシップを発揮してNEC時代に40年これまでずっとやってきましたが、今は寧ろ、人にやってもらい、それが実現していく過程は、大変ですがとても楽しい。お節介をしたくてしょうがなくなるくらい、「社長業は99%がひとづくり」、とても面白い役割だと感じています。
枝廣 素敵ですね。ありがとうございました。


